●本ページは.「教職研修」2005年11月号(特集:食育基本法の施行と学校の対応)に掲載された原稿を転載し,補足資料を追加したものです.漢数字をアラビア数字にし,丸数字を変更するなど一部編集してあります.また,漢字・かな表記,改行位置なども一部異なります.
*は同誌掲載以外の注と補足(適宜追加するため順不同).
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情報の入出力を基本とした食の安全教育と「食育」

本間善夫(県立新潟女子短期大学 生活科学科 生活科学専攻)

対応のポイント
(1) 食の安全を扱う場合,取り上げるテーマについての最新情報を複数の媒体から入手しておく。動画やグラフなど視覚的な教材を活用する。
(2) 他の関連テーマとの関係を考慮しつつ扱うテーマの位置付けを明確にして体系的に理解できるようにする。
(3) 科学技術と社会,科学コミュニケーション,リスクコミュニケーション,予防原則などの考え方を適宜取り入れる。
(4) 問題点をピックアップして整理する。ブログなどインターネットも活用して自分の意見を表現できるようにし,それを自身の食生活に反映できるようにする。
(5) 他生物の生命の犠牲の上に成り立つ食や自分の生のことを考え,生態系と生命・環境の大切さにまで思いが及ぶようにできれば望ましい。

 2005年6月に成立した食育基本法*25については,その目的の周知や地域の状況などに応じてどのような実践が可能なのか,あるいは食の多様化の中で個々人の食環境が千差万別になっていることへの配慮など,難しい面も多い。まして食の安全という点では,BSEや鳥インフルエンザ,魚介類に含まれるダイオキシン類や有機水銀,食品添加物,サプリメントなど考慮すべき事項は多く,またその内容も頻繁に書き換えられている。また懸念されている温暖化が進むならば*21,地域でとれる農水産物も変化して,地産地消の足元も揺さぶられることになる。
 食育は,見直し論もある「総合的な学習」や2004年10月1日に完全施行された「環境教育推進法」*1と同じようにかなり自由な展開が可能である分,自分なりの創意工夫が可能である反面,場合によっては画一的な内容に陥る懸念もあろう。生徒の興味を引きつけるには,教える側のチャンネルの数を増やしておく必要があると言える。そこで,本稿は食の安全と情報活用という視点で書き進めたい。

 まず私たちの身体も食品も,病原性の細菌やウイルスも,物質であることを再確認し,さらに社会・地球まで概観するために図1を見てみよう。「食」を中心にした問題がどのレベルに原因があり,どのレベルに作用して発生しているのかについて一部を示したものである。


図1 環境問題の階層的視点と食問題
※本誌掲載のものと一部異なります

 図からは例えば肉眼では見えない細菌やウイルスの存在が顕微鏡などの発達で見えるようになったお陰で,対策が可能になった意味は大きいことが言える*2。SARSや鳥インフルエンザのウイルスが問題になった時にN95マスク*3がマスコミにも登場したが,細菌やウイルスに対抗するには,その大きさや弱点を知ることが不可欠である。また,サリンなどの分子状のガスはN95マスクでは防御できず,呼吸用装備を含む専用マスクが必要となる*18。問題が広まったアスベスト*19も,水道管などに使われたことから食の問題にも関係してきているが,この場合も調査や除去作業の際には専用の呼吸用保護具が必要となる。
 チェルノブイリ原発事故で,放射性物質で汚染された牛乳などを摂取することで甲状腺がんが増加するなどの悲劇があったが,放射線のうち,α線,β線,中性子線までは物質と見るとしても,光の一種であるγ線になればその攻撃から身を守るのは格段に難しくなる。
 食の問題を取り上げる場合は,この全体像の中のどこに着目しているのかを理解しておく必要があろう。

 それでは,生物の世界を構成している物質はどのように調達されているのだろう。地球からの物質の出入りがほとんどない以上,その中でやり繰りするしかない。生命に必要なエネルギーと物質の循環は,単純化すれば「太陽エネルギー+無機物質→植物→動物→分解者」の繰り返しであり*20,すべての生物を含めた意味での「食」もそのルールの上に成立し,それは生物世界では共通であって見方によっては単純なものと言えよう。だからこそお互いの間で栄養になったり,細菌やウイルスに感染したりするのである。
 例えばそのルールを維持している代表的な生体分子であるDNA(主に情報担当)とタンパク質(主に機能担当であると同時に重要な栄養素でもある)について見れば,前者はC,H,N,O,Pの5種類の元素で構成されて4種類の塩基が遺伝情報を担い,後者はC,H,N,O,Sで成る20種のアミノ酸の連なりが主要部分となって生体内の多様な機能を発現している*4
 ここでタンパク質を栄養素として見た場合,食物の中に自分の体内にあるものと同じタンパク質があってもそのまま利用することはなく,一旦分解してから再構成していることも重要である。このことを無視して生命世界の物質サイクルを乱したり勝手なバイパスを作ったりすると,例えばBSEのような問題が発生すると考えることもできる。
 このことは,「もう牛を食べても安心か」(文春新書)におけるシェーンハイマーの実験に基づく「動的平衡」論とも連関し,同書ではそれを踏まえてBSEや食物アレルギーにまで言及している。


図2 生命体の「動的平衡」をイメージするための模式図
*5
※本誌掲載のものと異なり,アニメーションで示したものです

 その「動的平衡」をイメージ化したのが図2である。化学分野では「動的平衡」はよく知られ,例えばコップの中の過飽和の食塩水(図上)では,溶け切れていない食塩の量は一定で変化がないように見えても,常に液中のNaイオンとClイオンの出入りがあってその量が等しい状態にある*6。ところが生命の世界では,例えばコップを消化管に見なすと(図下),その容器までが中の物質(栄養物その他)と同じ部品でできていて,やり取りがあることになる。細菌,ウイルスだけでなく,食物や空気中の人工化学物質(薬や有害物質等)や遺伝子組み換え食物などもこの物質のやり取り・シャッフルの中に含まれ,生体にいろいろな影響を及ぼすことになる。あるいはこの容器を地球全体と見なしてもよいだろう。
 食育や食の安全を扱う場合にもこの図をヒントに使える場合は多々あり,また図1と併せて地球環境問題を考える上でも,大気,河川・海,土壌を含めて生物の世界を見渡すきっかけになり得るだろう。廃棄された有害な化学物質が私たちの身体に必ず戻ってくることは,水俣病など多くの悲劇が教えてくれており,今も魚介類に含まれる有機水銀は食生活を脅かし,胎児への影響が懸念されている。
 科学技術の発達で,私たちの生活が安全で豊かになってきたことは事実であるが,その負の側面も注目され始め*7,例えば「科学技術と社会」(STS*8)などの分野が立ち上がって世界規模のフォーラムも開催されている。この分野の重要なキーワードである科学コミュニケーション,リスクコミュニケーション,予防原則についても理解しておく必要がある。

 栄養素の確保や危険回避などのために,生体内においては脳に限らず各種受容体やホルモンなど,情報の活用は不可欠で,私たちの社会もそれに倣っていると言える。印刷技術に次ぐ革命とも言われる現在のインターネット(携帯電話を含む)の普及を見ると,まさに地球が1つの脳になりつつあるように感じられ,その影響は物質のグローバル化ともあいまって,食のあり方や食の安全を考える上でも見落とせない。
 例えば食からは少しはずれるが安全の面では2003年の新興感染症SARS(重症急性呼吸器症候群)の発生時においては,世界中の研究者がネットを通じて情報交換し,ウイルスの特定や遺伝子配列解読などがかつて無いスピードで達成され,感染の広がりを抑えることに成功したことは記憶に新しい。
 筆者は自作サイトで,水俣病BSE鳥インフルエンザSARSなど,近年の食を含めた危機と安全の問題をずっと追い続けており,問題点の所在レベルがわかる図などを用いて説明している。ネット上には最新情報が直ちに掲載される上に,インタラクティブなコンテンツや動画,子ども向けの解説が掲載されている例も多い。また守備範囲を異にするページ間の連携も重要で,例えばBSEの問題では動物衛生研究所のページ*9と相互リンクしたほか,有用な情報提供を続けているブログサイト*10の作者からは重要なシンポジウム*11資料が郵送されて来たりした。
 教育の場で食の安全を扱う場合もインターネットの活用は不可欠で,テーマ毎に紹介すべきサイトを把握しておいたり,過剰な情報の中から目的に応じたものを探し出す検索技術の修得と指導も疎かにできない*24
 さらに,インターネットは誰もが情報を入手可能なだけでなく発信者にもなることができ*22,特にワープロさえ使えれば簡単に自分の意見を広く伝えられるブログ*12の登場は,自己表現を育成していく上でも特筆すべきものがあるし,それは自らの食のあり方の選択にも繋がり得る。ブログの場合,書くだけでそのサービスサイト間で自動リンクされ,他の多くの検索サイトにも掲載されやすい利点がある。地震・洪水などの災害時にもブログが新設されて貴重な情報交換の場になっていることは最近の話題でもある。
 2005年6月に総務省が,教育現場でコミュニケーション能力向上を目的としてブログやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を利用していく提案を公表*13していることから考えても,今から実践しておくことは有意義と思われる。

 先に生物世界のルールは単純と書いたが,複雑な生命システムの全体像を把握しているとはまだまだ言えない*23。そしてそのシステムの中には多くの生体分子の複雑な連携を含めた極めて重要な未解明の仕組みが隠されているのだろうし,その中で情報というものは大事な位置を占めていることは間違いない。その仕組みを私たちの社会が謙虚に見習うべきことも多いであろうし,それを学ぶことは食や生命の大切さ*14を知ることにも繋がるだろう。さらに,人間を含めた生物の世界の食の文化*15は,環境の変化を踏まえながら長い時間をかけて築かれてきたものであることをもう一度再確認しておきたい。

【注】本稿の内容と補足資料については以下のURLで公開する。
http://www.ecosci.jp/report2005/kk0511.html

〈参考文献〉
[1] 『科学』2005年1月号(特集:食の安全),岩波書店。 ※武見ゆかり『「食育」をめぐる社会の動きと今後の課題』ほか
[2] 『科学』2004年8月号(特集:感染症と現代社会),岩波書店。
[3] 福岡伸一『もう牛を食べても安心か』2004年,文春新書。
[4] 大竹千代子・東賢一『予防原則 人と環境の保護のための基本理念』2005年,合同出版。*16
[5] Dan Gillmor著,平和博 訳『ブログ 世界を変える個人メディア』2005年,朝日新聞社。*17




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